ネトゲ

またネトゲーをやり始めました。
巨商伝とLastChaos。
両方とも無料なので受験時期(昨年12~3月まで)にやっていたのですが大学を入ってからは遠のいていました。
それを復活してやっているのですがもちろんパーティー組む相手もいないし黙々とONLINEでありながらOFFLINEとかわらないプレイを楽しんでいます。
まあ、OFFLINEのRPGはファミコン版ドラクエ1でゴーストにやられて以来まともにやったことがないですがね。(ポケモンのぞく)

なんかムリポ・・・

オタク辞めるということが無理に感じてきました。
アニメとか見るモノは最盛期の1/3以下になりましたが、代わりにPocketPCに特化してきています・・・。
それに辞めたい理由が女の友達欲しいということだったけど大学入ってから男とすらほとんど話さないし無理に我慢すること無いかな~、と思ってきています・・・。
はぁ、人見知り治さないと・・・。

最近のマイブーム

ここのところ戦術学要綱という本にはまっています。
この本の発行年はなんと昭和18年!
石原莞爾中将(当時)が監修し、国防研究会というところが編集した本で、戦術についていろいろとかかれています。
なぜか図書館の軍事コーナーに置いてあったのでちょっと読もうかなとかりたらはまってしまいました。
戦術学って奥が深いな~とおもいましたよ。

ハリー・ポッター

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団を読んで思ったんですがあれってナチスに対する恐怖が出てません?
ハリー・ポッターの敵に当たる「あの人」は血統主義でありあがら自分自身は混血って明らかにモデルがヒットラーでしょ。
だからそれが率いる闇の陣営は独逸第三帝国。
それを撃退するハリー・ポッターはイギリスと言うことなんじゃないでしょうか?
ネビルがもう一人の生き残りということはネビル=アメリカかな?
日本はきっとアズカバンの囚番かな、きっと。
それを考えながら見てみるとイギリス人がすごく全体主義をおそれているのか、とおもってしまいましたよ。

取り逃し・・・・

涼宮ハルヒの憂鬱第11話を取り逃してしまいました・・・。
取り逃した理由が「親が録りすぎていてHDDの容量をフルに使っていたため録画機能が動かなかった」ですよ・・・。
こちとらあとでまとめて全話見ようとしてるのに!!!
まじで精神的にショックデスよ・・・。

新型TV

あたらしいTVがついに来ました。
やっぱり画質が桁違いにいい!
量販店でみるとそんな風にはみえなかったんですが、実際に好きな映画のDVDを映してみたら世界が違って見えました!
部屋に一台欲しい・・・と真剣に思ってしまいました。

疲れた・・・

バイト行ってきました、9時間ほど。
やった仕事がスットク用台車の修理。
まあねじ締め直すだけなんですけどね。
台車はだいたい30~40近くあったんですよ。
しかも中には本がたくさん入ってるの・・・。
その作業だけで5時間かかりましたよ。
あとの4時間はやることなくて地獄でした・・・。
しかも風邪っぽいし・・・。

泣いてもうた・・・

オタクやめたい!とかいいながら某エロゲやっていたら泣いてしまいましたよ。
ベタな話でかなり前にこれと同じ終わり方するゲームで泣いたし。
どうも感動系の話は弱くて弱くて(苦笑)
日本男児たるものは女々しくあってはならないのにね~。

もう4ヶ月目か・・・

ふと気づいたんですがMixi日記初めてもう4ヶ月目に突入してるんですよね・・・。
はじめのころはまともに更新してなかったけど4月の中頃から毎日のように書き込み・・・。
良く続いたな~~~。
いままで日記っていったら3日とかからず終わっていたのに・・・。
これからも書き続けて持続させる習慣でも身につけますか!

読まずに書いたコルチャック先生のあらすじ

ネタがないということで昨日書いたコルチャック先生の提出用に作ったあらすじのほうでもUPします。

第1節 あらすじ
 裕福なユダヤ系ポーランド人の子として生まれたヤヌーシュ・コルチャック(ヴォイツェフ・プショニャック)の話。
 当時、文学者であり医者でもあるコルチャックは,ポーランドの首都であるワルシャワに、戦争孤児や投獄・迫害された政治活動家の子たちの受け入れる場としてポーランド人のための孤児院である「ぼくたちの家」と、ユダヤ人のための孤児院である「孤児たちの家」をつくり、家族を亡くしてしまった子どもたちを保護するとともに教育に力を入れ社会のために尽くしていた。だが,1933年に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)がドイツの第一党となり政権をとった。当時、ナチスはゲルマン民族の誇りを焚きつけるために反ユダヤ主義を全面に打ち出していた。その考えは、党首であったアドルフ・ヒトラーが首相に就任すると、近隣諸国にも広がっていった。ポーランドもその例外ではなく、その余波を避けることができなかった。その結果、コルチャックは自身が行っていたラジオ番組『老博士のはなし』の打ち切りを命じられる。また、「孤児たちの家」の子どもたちも余波を受けた一般市民たちによる言われ無き中傷や暴力行為などのため、安心して外出もできない状況に陥ってしまう。
 そして、1939年、ドイツ軍は電撃作戦の第一陣としてポーランドに侵攻を開始する。そして、短期間でワルシャワを制圧。そして、占領する。当然、ワルシャワに住んでいたコルチャックたちはナチスの政策のもとに圧迫される。しかし、コルチャックはユダヤ人を示す腕章をつけようとしなかった。また、「孤児たちの家」の子どもたちの尊厳を守るため、ドイツ軍将校に立ち向かった。しかしながら、高い壁と有刺鉄線に囲まれたユダヤ人特別居住区となっていたワルシャワゲットーへと、移住しなければならなくなってしまう。
 ワルシャワゲットーでコルチャックと子どもたちを待ちかまえていたものは、餓えと厳しい寒さとの戦いだった。コルチャックは子どもたちに栄養をとらせるため、貧しい身なりで街に出て、心ある人々たち(密輸業者などもいた)から寄付を得ようとした。しかし、その努力では焼け石に水とばかりに、孤児たちの健康は危うくなり、精神的な疲弊も深刻なものになっていった。コルチャック自身も物資の調達中にドイツ軍にゲシュタポに連行され、拷問を受けることとなってしまう。だが、コルチャックは生命の危機と隣り合わせの中であっても、子どもたちに日々、大切に過ごせるようにと演劇会を催す。コルチャックたちはどんな悪影響下にあっても、決して生きることをあきらめようとはしなかった。しかし,ナチス政権の対ユダヤ人政策はさらにコルチャックと子どもたちを追い詰める。当時、ナチスは占領地区やドイツ国内でユダヤ人を東部にある強制収容所へと移送させていた。その計画が確実に広がっていき、旧ポーランド領にまでその政策が行われるようになった。コルチャックたちは 1942年8月6日にトレブリンカ強制収容所への移送命令が下ったのだ。コルチャックの友人たちや幾人もの心ある人たちがなんとかコルチャックを助けようと奔走し、海外へ亡命の準備も整えてくれていた。しかし、コルチャックは、恐怖に怯えている子どもたちを見殺しにできようはずもなかった。彼は死ぬとわかっていても子どもたちとともにいることを選んだのである。彼はユダヤ人の印である「ダビデの星」の入った旗を高らかに掲げながらトレブリンカ強制収容所へと向かう家畜用の貨車に200人余りの子どもたちを抱きかかえながら乗り込んでいった。

・・・・なんというかてきとーですね。
関係ないことで字数稼ぎしてるし。
でもどうも欧州人が書いている書物は毛嫌いしてしまうのでしてこうなっちゃうんですよね・・・。
間違ってる点があったら指摘お願いします。

地獄・・・・

今日、教育経営論Aにて個人的に困ったことが起こりました。
前に出した「コルチャック先生」の感想の発表を何人かにしてもらうということになったんですよ。
その中には自分の書いたやつも選ばれていたわけでして・・・。
さて、ここで問題なのは自分はコルチャック先生を一切読まずに書いた所謂偽造的なもの(写したんとかではないが本文知らずに適当に書いた)なわけでして書いてる内容(第2節の感想のところ)も初っぱなから「私の中では、この本に対して一種の嫌悪感を抱いていた。」ですよ。
よくこんなもん選んだな~と思う反面、「俺に発表しろと言うのか?おれは寝るつもりできたんだぞ!?」と言いたくなってました。
ちなみに発表時には頭の中真っ白でわけわからなくなって適当にやってしまいました・・・。
まじであのじじぃふざけんな~~~!!!!

ちなみに書いていたことの全文です。

第2節 感想
 私の中では、この本に対して一種の嫌悪感を抱いていた。私は、歴史について調べるのが好きで、その中でナチスの絶滅収容所についても調べたことがあるからだ。その時に得た結論としては、絶滅収容所などは存在せず、逆にナチスはユダヤ人たちを生かそうとしていたということだ。これには科学的な裏付けもあった(ガス室から毒ガスを使用したときに発生するはずの反応が見られら無かった)。また、この事実から、アウシュビッツのガス室跡の案内板に学者の公認がないもの一つの証拠となっている。だから、これは、アンネと日記と同じような連合国による一種のプロパガンダだと考えていたからだ。だが、読んでみると全く違うということが見えてきた。もちろん、絶滅収容所があったと認めることではない。
当時のユダヤ人たちは、多くの同種の人たちが、ヨーロッパで迫害され、白人種によって差別されていた。そして、ついには、一カ所にまとめてられて、隔離される。入れられた人たちは帰ってこないとなればユダヤ人にとっては非常に恐ろしいことであったと思う。仮に自分がユダヤ人ならこのようなことが起こっていれば自分も殺されると思っただろう。
ドイツのユダヤ人に対する政策は旧来の慣習に沿っていたにすぎないと私は思っている。白人にとって、ユダヤ人は、宗教で定められた嫌悪の対象としていた面がある。だから、ユダヤ人が迫害されるのは当然の成り行きだった。そして、コルチャックの場合は、裕福な家庭に生まれたという点と占領地の国民であるという二つの点からもその対象となり得るだけの条件はそろっていたのだと思う。しかも、投獄・迫害された政治活動家の子を受け入れる孤児院まで作っている。
きっと、彼の考えの根本には、「親の罪に対して、子どもたちには、何ら非はない」というものがあったのだろう。だが、当時としては、その考えは、革新的であっただろうと思う。それ故に、当初は周りから非難があっただろうが、それでもやめずに続けていたというのは、尊敬に値する。自分の確固たる信念を持ち、死に直面してもそれを曲げることなく、保ち続けられる人は、稀と言っていいほどだ。
この人物について少し調べてみたが、最後にトレブリンカ強制収容所へ移送されるとき、ナチスはコルチャックを助けようとしたそうだ。それにもかかわらず、彼は子どもとともに死に逝く道を選んだ。確かに、ナチスに対して恨みがあったというのも断った原因の一つかもしれないが彼は、きっと自分の身を守るよりもそれ以上に守るべきものとして「将来に幾通りもの可能性を秘めた子ども」を優先させたのだと思う。
惜しむべきは、このような人物が死んでしまったことだ。このような人物は、むしろ、何らかの小さなことにこだわって死ぬのではなく、より長く生きて、第二次世界大戦などで出てきた戦災孤児など引き取る孤児院を是非やってほしかった。
現代の世界では、子どもの人権を守ろうとする動きは多くあり、子どもの権利条約なんてものも存在する。しかし、今、コルチャックが生きていたらならあまり喜ばないだろうと思う。子どもの人権を守ると言いながら親がないがしろにすることは良くあるし、なにより、子どもたちが子どもの権利条約を知らなかったりするからだ。
子どもの権利条約は子どもたちにとっては一種の憲法ととってもいいものだと思っている。それを知らないというのは、それを教えるべき親や教師などの大人たちが真剣に考えているとは言い難く、「子どもの人権を守ろう」とか「子どもにも権利があるはずだ」と声だけ上げて実際の動きが伴われないものとなってしまっているのだと思う。
だからもっと積極的に世界中の国々が動くべきで、子どもの将来を潰すようなことが起きないようにする体制を作るべきだと思う。それが、結果としてコルチャックが求めていた理想的な世界像というものに近づくのではないだろうか。そして、その考えの中で育っていくであろう子どもたちは戦争という過去の力による問題の解決ということを嫌い、どうしたらより幸せな世界にすることができるのかということを第一に考える人間になっていくのだと思う。

外交で真に必要なもの

架空戦記や国際紛争をモチーフにした物語を読んでいると外交がいかに重要かがよくかかれている。
そこで外交に必要なスキルとしてかかれているのが個人(外交官)に対する信頼度。
国と国との交渉の場になぜ個人での信頼関係が必要になるかはわからない。
しかし、多くの本の中でかかれているだ。
個人間も国家間も基本的にはかわりないということなのかな?

プレイやん購入

ソフマップにて発見したのでついつい買ってしまいました。
かってからかなり後悔してます。
こんなん買ったかてなんにもつかいみちあらへんっちゅーことに気づいてませんでした。
でもってこれはもういりませんという結論ですわ。
はあ、4400円無駄したな・・・。

徹夜明け

徹夜でゲームをやっていました。
もちろんW-ZERO3で。
ソフト名は伏せます。
わかる人にはわかってしまうゲームですから。
しかも有名。
ちなみに未だクリアならず。
はぁ、あと何時間かかるんだ~~~!!!

本屋で思ったこと

本屋のバイトしていて思ったんですが最近の雑誌ってモラル(?)が無いですね。
DVDコピーの本が5冊ぐらいあるしP2Pソフトに関する雑誌も幾多あるし。
このまま行くと常識のない日本人がたくさん生産されてしまいますよ。

TV故障・・・

家のテレビが壊れてしまいました・・・
スイッチの故障でうまく電源が入らないんですよ・・・。
おかげで見たい番組とか見るのをかなり制限しています・・。
早く新しいやつに買い換えてくれ~~~